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「風立ちぬ」菜穂子は死んだの?結核という病気に隠された意味も調査!

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こんにちは!あくびです。

金曜ロードショーで原作・脚本・監督を担当した宮崎駿監督の平成最後の長編作品「風立ちぬ」がノーカット放送されましたね。

飛行機作りに情熱を注いだ実在の人物である堀越二郎をモデルにして、堀辰雄の小説『風立ちぬ』をモチーフにした作品。

大空への憧れ、時空を超えた友情、切ない夫婦愛、夢に向かってまっすぐ生きる青年の物語となっています。

ジブリ映画「風立ちぬ」を見ていると、気になることや疑問に思うことが出てきませんか?

今回は、ジブリ映画「風立ちぬ」の

  • 菜穂子の病気
  • 菜穂子の死

について調べてみました。

「風立ちぬ」菜穂子の病気(結核)の意味とは?

ヒロインの菜穂子は、重い結核を患っていますが、その事実を告白して主人公・二郎と結婚を約束します。
そして、菜穂子は二郎の上司の黒川宅の離れで闘病生活を送ります。

「風立ちぬ」のヒロインが結核という設定は、美人薄命や悲劇のイメージが強いですが、ただ菜穂子の死を悲劇的かつロマンチックに扱う意味だけではないようです。

結核を扱った作品は、どれも死と直面する病を背負った人を描きながら、全ての人間の運命について考えた作品です。

それらの作品は、結核文学とも呼ばれ、結核という潜伏期間には症状がなく、当時は特効薬もないまま発病者の半数が死亡し、時には一つの村の半数が死ぬという国民病・亡国病の理不尽に、人間が直面する運命の理不尽を重ねて書かれたものです。

映画『風立ちぬ』のヒロイン菜穂子も、ただ美人の重病人というだけでなく、自分の死の運命を潔く受け入れた人間として描かれているのです。

その証拠として、軽井沢のホテルで、二郎が一見唐突に菜穂子の父親の前でプロポーズをするシーンがあります。

その時、ドイツ人カストルプが披露した歌は、映画『会議は踊る』の主題歌「ただ一度だけ」です。

この曲は、ロシア皇帝・アレクサンドル1世とウィーンに住む街の娘の一時の逢瀬を描いた作品です。

曲の内容は、破滅するとあらかじめ分かっている恋を受け入れて飛び込む街の娘の「明日には消え去っているかもしれない。人生にただ一度だけ。花の盛りはただ一度だけなのだから」という切なくも潔い決心。

その歌のとおり、菜穂子は自分が見つけた二郎の元へと命を燃やしながら迷い無く飛び込んでいきます。

この一時の愛にすべてを賭けてのめり込む姿に、結核という病気や戦争といった理不尽な状況に潔く向き合う強さを表現したのではないでしょうか。

宮崎駿監督の作品には、どこまでも深く隠された意味が込められているように思います。

「風立ちぬ」ヒロイン菜穂子は死ぬの?

結核という病を患った菜穂子は死んでしまうのでしょうか?

結核は当時治らない死の病でした。

菜穂子は亡くなります。

菜穂子は高原のサナトリウム(療養所)に入りますが、命がもういくばくもないことを悟り、二郎と一緒に残りの人生を少しでも幸せに生きたいと願い山を降りてきたのです。

そして、いよいよという時に山に帰っていきました。

菜穂子は、女性として美しい姿だけを愛する次郎の記憶に残し、強く潔く去って行きました。

物語の終盤で二郎が飛行機のテスト飛行中に振り返る描写がありますが、あれは虫の知らせを意味しています。

まとめ

今回は、宮崎駿監督のジブリ映画「風立ちぬ」のヒロイン菜穂子について調べました。

菜穂子の病気に隠された意味とは、堀辰雄の小説『風立ちぬ』をモチーフにしながら、結核や戦争といった理不尽な状況に潔く向き合う強さを表現したのではないでしょうか。

ヒロイン菜穂子は亡くなります。

菜穂子は、女性として美しい姿だけを愛する次郎の記憶に残し、強く潔く去って行きました。

宮崎駿監督の作品は、いろんなところに深い意味が込められていますね。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

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